
バルタン星爆発につき現在放浪中
SARS-CoV-2に気を付けます。毎日の検温、十分な睡眠、手洗いうがい等を心がけます。
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2011年4月21日の日記 群馬県しか行っていない
こんばんは。第4のペロリンガです。
今日は予告通り、JR上越線で勾配緩和ループ線と清水トンネルへ向かおうとしましたが、色々あって撤退しました。
まず、朝6時半に起きて8時ぐらいので電車で鴻巣駅から高崎線で高崎駅まで向かいました。そのあと、高崎駅で高崎線から上越線に乗り換えました。上越線は水上行があったのでとりあえずそれに乗りました。上越線は利根川沿いを走りますが、利根川や山などの景色が綺麗でしたね。
それで水上には10時半頃着きましたが、ここである事実を知る事となりました。上越線というのは群馬県高崎市と新潟県長岡市を結んでいて通常一時間に一本は電車は走っているのですが、群馬県と新潟県の境ぐらいの区間である水上~越後中里間だけ一日5本しか電車が走らなく私が10時半頃についた後の長岡行の電車が13時40分と3時間以上待つ上に本数が後3本という状況で仮に明日も休みなら行ったでしょうが、明日は仕事なので引き返す事にしました。ちなみに休日だと水上~越後中里間は6本に増えるようです。
という事で次の高崎行の電車が来るまでの時間まで水上観光をしていました。遠くにあるホテルを見て花咲くいろはを思い浮かべたり、浮かべなかったり…まあ花咲くいろはの舞台は石川県ですがね。
まずは適当にお土産屋さんをのぞきました。色々見て生大福とこんにゃく、温泉の素(湯の花ではない)等を購入しました。それとお土産さんのおばちゃんから勧められた利根川観光をしました。
水上には利根川を見る為の遊歩道が設けられていてそこをちょっと歩きました。

これが利根川の写真ですが、かなり澄んでいますね。利根川は日本二の長さと日本一の流域面積を誇る川らしいですね。遊歩道を歩いている途中でカヌーの練習をしに来た方々もみかけましたね。カヌー等の競技も行われているようです。
あと水上を歩いていて気付いたのですが、けっこう廃墟になったホテルも目立ちますね。観光業界も大変なのですね。
それで水上から高崎行に乗り、一番最初に行く予定だった思い出の味を食べに沼田駅へ向かいました。沼田駅に着いて山彦を探しましたが、なかなか見つからずにいると、


沼田駅の近くに桜が咲いていました。綺麗なので写真を撮りました。私以外にも三脚を使ってカメラで撮っていた人もいましたね。沼田市の市の木はサクラのようですから流石ですね。ちなみにこの沼田市は沼田城の城下町でありかつては沼田をとらねば関東を制せぬと言われ武田信玄や上杉謙信、北条氏が沼田を巡って対立し、上杉謙信が対北条氏攻撃の拠点にしていて、戦国末期には真田昌幸(幸村の父)の領地ともなっていたようです。その関係か沼田駅に六文銭の旗がありましたね。
この沼田駅というのは熊谷高校山岳部時代にはけっこうお世話になりましたね。武尊山(ほたかやま、南アルプスの穂高山とは別)とか尾瀬の方へ行くときにも使いましたね。
しかし、山彦の場所が分からなかったので交番で聞いてなんとか見つけました。恥ずかしながら駅からまっすぐの通りをちょっと歩いたところにありましたね。お店も営業していたので早速お店に入ってトンカツ定食を頼みました。

これがトンカツ定食です。肉がかなり分厚くて美味しかったですね。これを初めて食べたときは下山後でお腹もすいていましたから滅茶苦茶うまかったですね。
それでせっかくだから沼田でも何か名物をと思って沼田駅の前にお土産屋さんとか見ているとヤマザキで沼田市名物焼きまんじゅうというのが売っていたのでそれを食べました。

4つついているのが普通の焼きまんじゅうで2つのがあんこ入りです。美味しかったですね。中華まんの皮のような饅頭が少し焼いてあってそれに甘めの味噌だれがついた感じですね。
焼きまんじゅうに関して調べてみると蒸して作ったまんじゅうに黒砂糖や水飴で甘くした味噌だれをつけて焦げ目をつけたもののようで、発祥は群馬県、前橋市、伊勢崎市、沼田市がそれぞれ名乗っているようなのでそれぞれで独自にできあがったものの可能性が高いようです。
そのあと沼田駅から上越線に乗って帰りましたが、電車に乗れなかったのでホームで小一時間ほど待った後に帰りました。そのあとちょっと高崎によってアニメイト高崎店等を回りましたが特に買い物はせずに鴻巣へ帰りました。
水上や沼田の観光はけっこう楽しかったですが、勾配緩和ループ線や清水トンネルを抜けられなかったのは残念でしたね。今度は土曜日とかゴールデンウィークなんかでリベンジしたいですね。それでは。
参考資料:ウィキペディア”上越線”
リンク
みなかみ町ホームページ
沼田市ホームページ
閲覧ありがとうございました。
今日は予告通り、JR上越線で勾配緩和ループ線と清水トンネルへ向かおうとしましたが、色々あって撤退しました。
まず、朝6時半に起きて8時ぐらいので電車で鴻巣駅から高崎線で高崎駅まで向かいました。そのあと、高崎駅で高崎線から上越線に乗り換えました。上越線は水上行があったのでとりあえずそれに乗りました。上越線は利根川沿いを走りますが、利根川や山などの景色が綺麗でしたね。
それで水上には10時半頃着きましたが、ここである事実を知る事となりました。上越線というのは群馬県高崎市と新潟県長岡市を結んでいて通常一時間に一本は電車は走っているのですが、群馬県と新潟県の境ぐらいの区間である水上~越後中里間だけ一日5本しか電車が走らなく私が10時半頃についた後の長岡行の電車が13時40分と3時間以上待つ上に本数が後3本という状況で仮に明日も休みなら行ったでしょうが、明日は仕事なので引き返す事にしました。ちなみに休日だと水上~越後中里間は6本に増えるようです。
という事で次の高崎行の電車が来るまでの時間まで水上観光をしていました。遠くにあるホテルを見て花咲くいろはを思い浮かべたり、浮かべなかったり…まあ花咲くいろはの舞台は石川県ですがね。
まずは適当にお土産屋さんをのぞきました。色々見て生大福とこんにゃく、温泉の素(湯の花ではない)等を購入しました。それとお土産さんのおばちゃんから勧められた利根川観光をしました。
水上には利根川を見る為の遊歩道が設けられていてそこをちょっと歩きました。

これが利根川の写真ですが、かなり澄んでいますね。利根川は日本二の長さと日本一の流域面積を誇る川らしいですね。遊歩道を歩いている途中でカヌーの練習をしに来た方々もみかけましたね。カヌー等の競技も行われているようです。
あと水上を歩いていて気付いたのですが、けっこう廃墟になったホテルも目立ちますね。観光業界も大変なのですね。
それで水上から高崎行に乗り、一番最初に行く予定だった思い出の味を食べに沼田駅へ向かいました。沼田駅に着いて山彦を探しましたが、なかなか見つからずにいると、


沼田駅の近くに桜が咲いていました。綺麗なので写真を撮りました。私以外にも三脚を使ってカメラで撮っていた人もいましたね。沼田市の市の木はサクラのようですから流石ですね。ちなみにこの沼田市は沼田城の城下町でありかつては沼田をとらねば関東を制せぬと言われ武田信玄や上杉謙信、北条氏が沼田を巡って対立し、上杉謙信が対北条氏攻撃の拠点にしていて、戦国末期には真田昌幸(幸村の父)の領地ともなっていたようです。その関係か沼田駅に六文銭の旗がありましたね。
この沼田駅というのは熊谷高校山岳部時代にはけっこうお世話になりましたね。武尊山(ほたかやま、南アルプスの穂高山とは別)とか尾瀬の方へ行くときにも使いましたね。
しかし、山彦の場所が分からなかったので交番で聞いてなんとか見つけました。恥ずかしながら駅からまっすぐの通りをちょっと歩いたところにありましたね。お店も営業していたので早速お店に入ってトンカツ定食を頼みました。

これがトンカツ定食です。肉がかなり分厚くて美味しかったですね。これを初めて食べたときは下山後でお腹もすいていましたから滅茶苦茶うまかったですね。
それでせっかくだから沼田でも何か名物をと思って沼田駅の前にお土産屋さんとか見ているとヤマザキで沼田市名物焼きまんじゅうというのが売っていたのでそれを食べました。

4つついているのが普通の焼きまんじゅうで2つのがあんこ入りです。美味しかったですね。中華まんの皮のような饅頭が少し焼いてあってそれに甘めの味噌だれがついた感じですね。
焼きまんじゅうに関して調べてみると蒸して作ったまんじゅうに黒砂糖や水飴で甘くした味噌だれをつけて焦げ目をつけたもののようで、発祥は群馬県、前橋市、伊勢崎市、沼田市がそれぞれ名乗っているようなのでそれぞれで独自にできあがったものの可能性が高いようです。
そのあと沼田駅から上越線に乗って帰りましたが、電車に乗れなかったのでホームで小一時間ほど待った後に帰りました。そのあとちょっと高崎によってアニメイト高崎店等を回りましたが特に買い物はせずに鴻巣へ帰りました。
水上や沼田の観光はけっこう楽しかったですが、勾配緩和ループ線や清水トンネルを抜けられなかったのは残念でしたね。今度は土曜日とかゴールデンウィークなんかでリベンジしたいですね。それでは。
参考資料:ウィキペディア”上越線”
リンク
みなかみ町ホームページ
沼田市ホームページ
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