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Jポップとは何か-巨大化する音楽産業-
今日は内定者として大変なミスに気がついてしまった。そのため明日人事部の方に電話をしなければならないです。今年の春から新入社員なのに本当に情けないです。
私のミスで色々な人に迷惑をかけてしまった。今後は気をつけなければ。
ちょっと暗い文章から始まってしまい申し訳ありません。それで、今日は岩波新書から出版されているJポップとは何か-巨大化する音楽産業-に関して書きたいと思います。この本は私の大学のとある講義の教科書として販売されていて、それに興味を持ったので買いました。
まずJポップという言葉が生まれた経緯が書かれていましたね。1980年代後半にJ-WAVEという洋楽を専門に流していたFM局で邦楽も流そうと考えてその邦楽を呼ぶ際にJポップと名づけたようです。1980年代後半まだ5歳にもなっていませんでしたし、この本を読んでいる時点でJポップという名前は常識となっていたのでこういう由来があるということに驚きましたね。
あとは日本の音楽史みたいなことが書かれていましたね。その中で一番興味を持ったのが1980年代にソニーがCDを普及させるために行った戦略でしたね。ソニーはこのCDを普及させるために自社製品のCDプレイヤー2号機であるD-50を5万円という低価格で発売した。このD-50は原価率200%という数字を出していた。しかし当時のソニーの会長であった盛田昭夫は最初は赤字であっても後に儲かるだろうとふみました。ちなみに当時アナログを高音質にするためには25万前後かかったようです。
この戦略は見事に成功し、一般庶民にCDを認知させ数年後には黒字に転じた。安価なだけでなくこのD-50はCDジャッケット4枚分という大きさであり一般庶民に衝撃を与えた。またCDプレイヤーに必要な部品を外販化させて他の企業にもCD事業に参入させやすくしよりCDというものを広めることに成功しました。
ちょっとこのことには驚きましたね。今でこそソニーは技術力は高いが市場があまり読めていないというイメージが私にありますが、1980年代のソニーは原価率200%や外販化などという普通しなそうなことをやって数年後にCDの普及に成功し、自身も収益を上げていますし。
そういえばこのD-50はCDウォークマンの原型にもなったようです。確かラジオで伊集院光さんがCDウォークマンも今でこそ常識となりましたが、当時音楽を持ち歩くということはなくCDウォークマンは失敗すると思われていましたが、ソニーはCDウォークマンを発売させて音楽を持ち歩くということを常識にしたそうです。ちなみに伊集院光さんがこんなトークをしたのはソニーのRollyのことをトークで取り上げたからです。Rolly…今でも1GBで4万円しますしね。アップルのiPod shuffleはクリップタイプの1GBが発売当初で1万円で今はもっと安くなっているのに…。
なんかJポップとは何か-巨大化する音楽産業-の紹介というよりソニーに関する記事みたいになってしまいしたね。
上で挙げたこと以外にも色々と面白いことが書かれていて非常にタメになりました。この記事を閲覧して下さった皆様ももし興味がわきましたら手にとってみることをオススメします。それでは。
関連記事
自動車の歴史
UGAYA Journal(著者である烏賀陽弘道さんのHP)
岩波新書
閲覧ありがとうございました。
私のミスで色々な人に迷惑をかけてしまった。今後は気をつけなければ。
ちょっと暗い文章から始まってしまい申し訳ありません。それで、今日は岩波新書から出版されているJポップとは何か-巨大化する音楽産業-に関して書きたいと思います。この本は私の大学のとある講義の教科書として販売されていて、それに興味を持ったので買いました。
まずJポップという言葉が生まれた経緯が書かれていましたね。1980年代後半にJ-WAVEという洋楽を専門に流していたFM局で邦楽も流そうと考えてその邦楽を呼ぶ際にJポップと名づけたようです。1980年代後半まだ5歳にもなっていませんでしたし、この本を読んでいる時点でJポップという名前は常識となっていたのでこういう由来があるということに驚きましたね。
あとは日本の音楽史みたいなことが書かれていましたね。その中で一番興味を持ったのが1980年代にソニーがCDを普及させるために行った戦略でしたね。ソニーはこのCDを普及させるために自社製品のCDプレイヤー2号機であるD-50を5万円という低価格で発売した。このD-50は原価率200%という数字を出していた。しかし当時のソニーの会長であった盛田昭夫は最初は赤字であっても後に儲かるだろうとふみました。ちなみに当時アナログを高音質にするためには25万前後かかったようです。
この戦略は見事に成功し、一般庶民にCDを認知させ数年後には黒字に転じた。安価なだけでなくこのD-50はCDジャッケット4枚分という大きさであり一般庶民に衝撃を与えた。またCDプレイヤーに必要な部品を外販化させて他の企業にもCD事業に参入させやすくしよりCDというものを広めることに成功しました。
ちょっとこのことには驚きましたね。今でこそソニーは技術力は高いが市場があまり読めていないというイメージが私にありますが、1980年代のソニーは原価率200%や外販化などという普通しなそうなことをやって数年後にCDの普及に成功し、自身も収益を上げていますし。
そういえばこのD-50はCDウォークマンの原型にもなったようです。確かラジオで伊集院光さんがCDウォークマンも今でこそ常識となりましたが、当時音楽を持ち歩くということはなくCDウォークマンは失敗すると思われていましたが、ソニーはCDウォークマンを発売させて音楽を持ち歩くということを常識にしたそうです。ちなみに伊集院光さんがこんなトークをしたのはソニーのRollyのことをトークで取り上げたからです。Rolly…今でも1GBで4万円しますしね。アップルのiPod shuffleはクリップタイプの1GBが発売当初で1万円で今はもっと安くなっているのに…。
なんかJポップとは何か-巨大化する音楽産業-の紹介というよりソニーに関する記事みたいになってしまいしたね。
上で挙げたこと以外にも色々と面白いことが書かれていて非常にタメになりました。この記事を閲覧して下さった皆様ももし興味がわきましたら手にとってみることをオススメします。それでは。
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![]() | Jポップとは何か―巨大化する音楽産業 (岩波新書) (2005/04) 烏賀陽 弘道 商品詳細を見る |
UGAYA Journal(著者である烏賀陽弘道さんのHP)
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