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冤罪
今日、工場の班長さんから来週は2Sだと言われました。2Sというのは夕方から深夜1時ぐらいまでの時間働くシフトです。初めての2Sなのですごく緊張しますね。まあ頑張りたいと思います。あと今日は仕事が終わったあとに自転車で裾野駅の近くを走っていたらキンダーランドというゲームや玩具などを扱っているお店を見つけました。なかなか良い感じでしたね。
日記はここまでにして、今日は足利事件の犯人とされていたS(ニュースでは本名が出ていますが、ウィキペディアではSとされているので)さんが真犯人でないことがわかり釈放されましたね。
ただ18年間も刑務所に入れられ足利事件も時効を迎えてしまいましたね。冤罪が起きてしまうと無実の人が刑務所に入れられてしまい、真犯人は時効を迎えて捕まえられなくなってしまうことが非常に多いですね。
それではなんで冤罪が起きてしまうのかをウィキペディア先生や私自身の考えをまじえて書いていきたいと思います。
まずは今回の足利事件について流れをまとめてみましょう。
1990年、栃木県足利市で女児の父親がパチンコに熱中していたために女児は駐車場から行方不明となってしまった。翌日になって渡良瀬川の河川敷で遺体となって発見された。
1991年、足利市に住む45歳のSさんを猥褻目的誘拐と殺人の疑いで逮捕。逮捕の決め手となったのが当時、警察庁科学警察研究所に導入されたばかりのDNA鑑定。殺された女児の衣服についていた体液とSさんのDNAが一致したとのこと。
しかし、弁護士側は導入されたばかりのDNA鑑定の信憑性を疑問視する。また警察や検察の取り調べでは自白したSさんは第1審で無罪を主張する。だが弁護士やSさんの声もむなしく2000年にDNA鑑定が証拠として認められてしまいSさんは無期懲役を言い渡されてしまう。
2009年になりDNA再鑑定がされ、女児の衣服についていた体液がSさんと違う型と判明する。
そして今日Sさんが釈放される。
この事件ですが、おそらくDNA鑑定という新たな捜査方法を世に示すことに利用されてしまったのでしょうね。また足利市では1979年や1984年に女児が誘拐され殺される事件が起きていて足利市を震撼させていた女児誘拐殺人事件を解決すると意気込んでおり、Sさんはこれらの事件の犯人としても取り調べを受けていたようです。
とあるサイトによるとこの当時のDNA鑑定は一致したとしても違う人同士のDNAでも一致してしまうので犯人の候補として他にも存在する可能性があったようですが、DNA鑑定という新しい捜査方法の確実性と足利市を震撼させた事件を解決のためにSさんを最初か標的として犯人と断定してしまったかの生が高そうですね。
冤罪が起きてしまうのは警察なり検察官なりが得なり楽なりが発生してしまうから起きるのでしょうね。そのため証拠の捏造や行き過ぎた見込み捜査などが起こってしまうようです。
また自白=絶対的な証拠という考えもこの件には大いに関係しているようです。自白させるに何があっても自白したら100%間違いないと思われるのも問題でしょうね。
また他の理由として真犯人の罪の軽減やなすりつけなどもあるようです。前にニュースで飲酒運転の罪を真犯人が無罪の人になすりつけた事件が報道されていましたね。
それにしても冤罪が起きてしまうと色々と大変なことが起きてしまいますね。無罪の人の服役、無罪の人が支払うこととなる賠償金、真相は闇へと葬られてしまうなど悪いことばかりですね。証拠の捏造とか不十分な証拠よる捜査とか止めて欲しいですね。
足利事件。この当時の時効は事件発生から15年のため時効を迎えてしまいましたね。Sさんは18年間幼女殺人犯として刑務所に入れられ、足利事件の真相は闇に埋もれてしまいましたね。冤罪は嫌ですね。
関連記事
無頼伝涯
参考資料:ウィキペディア”足利事件””冤罪”
YAHOOニュース 釈放の菅家さんが会見「警察と検察、絶対に許せない」
閲覧ありがとうございました。
日記はここまでにして、今日は足利事件の犯人とされていたS(ニュースでは本名が出ていますが、ウィキペディアではSとされているので)さんが真犯人でないことがわかり釈放されましたね。
ただ18年間も刑務所に入れられ足利事件も時効を迎えてしまいましたね。冤罪が起きてしまうと無実の人が刑務所に入れられてしまい、真犯人は時効を迎えて捕まえられなくなってしまうことが非常に多いですね。
それではなんで冤罪が起きてしまうのかをウィキペディア先生や私自身の考えをまじえて書いていきたいと思います。
まずは今回の足利事件について流れをまとめてみましょう。
1990年、栃木県足利市で女児の父親がパチンコに熱中していたために女児は駐車場から行方不明となってしまった。翌日になって渡良瀬川の河川敷で遺体となって発見された。
1991年、足利市に住む45歳のSさんを猥褻目的誘拐と殺人の疑いで逮捕。逮捕の決め手となったのが当時、警察庁科学警察研究所に導入されたばかりのDNA鑑定。殺された女児の衣服についていた体液とSさんのDNAが一致したとのこと。
しかし、弁護士側は導入されたばかりのDNA鑑定の信憑性を疑問視する。また警察や検察の取り調べでは自白したSさんは第1審で無罪を主張する。だが弁護士やSさんの声もむなしく2000年にDNA鑑定が証拠として認められてしまいSさんは無期懲役を言い渡されてしまう。
2009年になりDNA再鑑定がされ、女児の衣服についていた体液がSさんと違う型と判明する。
そして今日Sさんが釈放される。
この事件ですが、おそらくDNA鑑定という新たな捜査方法を世に示すことに利用されてしまったのでしょうね。また足利市では1979年や1984年に女児が誘拐され殺される事件が起きていて足利市を震撼させていた女児誘拐殺人事件を解決すると意気込んでおり、Sさんはこれらの事件の犯人としても取り調べを受けていたようです。
とあるサイトによるとこの当時のDNA鑑定は一致したとしても違う人同士のDNAでも一致してしまうので犯人の候補として他にも存在する可能性があったようですが、DNA鑑定という新しい捜査方法の確実性と足利市を震撼させた事件を解決のためにSさんを最初か標的として犯人と断定してしまったかの生が高そうですね。
冤罪が起きてしまうのは警察なり検察官なりが得なり楽なりが発生してしまうから起きるのでしょうね。そのため証拠の捏造や行き過ぎた見込み捜査などが起こってしまうようです。
また自白=絶対的な証拠という考えもこの件には大いに関係しているようです。自白させるに何があっても自白したら100%間違いないと思われるのも問題でしょうね。
また他の理由として真犯人の罪の軽減やなすりつけなどもあるようです。前にニュースで飲酒運転の罪を真犯人が無罪の人になすりつけた事件が報道されていましたね。
それにしても冤罪が起きてしまうと色々と大変なことが起きてしまいますね。無罪の人の服役、無罪の人が支払うこととなる賠償金、真相は闇へと葬られてしまうなど悪いことばかりですね。証拠の捏造とか不十分な証拠よる捜査とか止めて欲しいですね。
足利事件。この当時の時効は事件発生から15年のため時効を迎えてしまいましたね。Sさんは18年間幼女殺人犯として刑務所に入れられ、足利事件の真相は闇に埋もれてしまいましたね。冤罪は嫌ですね。
関連記事
無頼伝涯
参考資料:ウィキペディア”足利事件””冤罪”
YAHOOニュース 釈放の菅家さんが会見「警察と検察、絶対に許せない」
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Comments
No title
ICE MAN様
コメントありがとうございます。
冤罪で釈放されても少ないお金をもらうだけで元の職場なり学校に帰れるわけでもないですからね。出てもどう生きれば良いのかという気持ちなるでしょうね。
強姦や痴漢は被害者の意見がまかりとおる風潮があるようですね。大学生の頃まで電車通学だったので痴漢と間違われないように気をつけていました。
本当に怖いですね。
冤罪で釈放されても少ないお金をもらうだけで元の職場なり学校に帰れるわけでもないですからね。出てもどう生きれば良いのかという気持ちなるでしょうね。
強姦や痴漢は被害者の意見がまかりとおる風潮があるようですね。大学生の頃まで電車通学だったので痴漢と間違われないように気をつけていました。
本当に怖いですね。
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この間、ニュースの特集でもそういうのがありました。
集団強姦事件みたいなので、少女の訴えで何人か逮捕されたんですが
逮捕された人に事件の時間仕事場でタイムカードをきってたアリバイがあっても被害者の女が日にちが違ったと供述を変えて
何故かそれがまかり通り、有罪のまま今も刑務所に入っているという感じのやつです・・・
しかも最高裁は無実の人の上告を棄却したとか・・・
世の中何も信じれませんね。一歩間違えれば被害者にもなりえる怖い時代だと思います・・・